家を建てる、という目標を持っていた友達の家庭に関する思い出。

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たぶん、その友達の家庭には「家を建て直す」という目標があったのだ、と思います。

友達の家族は、古くてせまい家に住んでいました。

(わが家もよその家のことはいえませんが→4Kに家族7人が暮らしていたときのこと。

当時、その友達は田舎にはめずらしい核家族でした。

核家族で、なおかつ共働き。

よって、友達はずっと学童保育にかよっていました。

かれこれ30年以上まえの話ですから、田舎では少数派だったのです。

核家族だったら、母親は専業主婦だったり。

共働きだったら、祖父母と同居だったり。

そういう家庭が多いなか、その友達のような、核家族で共働きで学童保育は少数派でした。

母子家庭、父子家庭もすくない時代でした。

さて、当時めずらしい家庭環境にいたその友達は、いろいろなことでわたしをおどろかせたのです。

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友達の家でわたしがおどろいたこと

ランプイメージ

ライディングデスク

友達の家は両親と姉妹の4人家族です。

友達とお姉さんはひとつの部屋をつかっていました。

子供部屋に置いてあった家具は、2段ベッドとライディングデスクが2つです。

2つのライディングデスクは、背中合わせに置いてありました。

ほかにも家具があったかもしれませんが、覚えているのはそれだけです。

折りたたみ式のライディングデスクは、わたしの目に、とてもおしゃれに見えました。

そういうかたちの机があることも知らない田舎娘ですから、ライディングデスクを選んだ友達の両親のセンスにおどろいたのです。

両親の写真

さらに友達の家には、両親の写真がかざってありました。

それは、旅行先でたまたま居合わせた某女優さんといっしょに撮ったという写真でした。

両親の写真を部屋にかざる。

わたしには、おどろきの光景でした。

わたしの家なんてテレビのうえに、某やんごとなきご一家のお写真が飾られている家庭ですから、もうぜんぜん感覚が、時代がちがうわけなんです。

北の国から

それから、友達の家には「北の国から」のビデオテープが置いてありました。

自宅でダビングしたビデオテープが2本です。

当時のわが家にはビデオデッキなんてなかった、ということが問題なのではなく。

友達の家庭では、「北の国から」という家族ドラマを家族全員で見ているのだ、という衝撃です。

わたしの家では、「北の国から」を見ていませんでした。

家族そろって、国民的ドラマともいえる「北の国から」を見る、文化の共有というか、価値観の共有というか、家族の共通の話題としての「北の国から」です。

わたしの実家には、つくづく、そういうことがなかった。

家庭を考えるとき、衣食住がそろったら、あとは文化的なたのしみというか、家族間で共有できる話題や思い出があるといいんじゃないかなーと思うのです。

わたしの実家のばあい、そういうものがあるべきだったんじゃないのかなー、と。

後悔として、ですよ。反省点。

遠近法

それから、その友達の家でおどろいたのが、お姉さんが学校で書いた絵の裏側に、お父さんが絵の指導をしていたことです。

指導というと大げさですが、遠近法でちょっと全体図を描きなおしてありました。

こんなこと、ふつうの家庭でするのしないの、すくなくともわたしの家ではそんなのなかったーッ。

という、おどろきですね。

オープンハウス

そうして6年生のとき、友達の家は新築されました。

その新築のなりゆきも、わたしにはおどろきだったのです。

友達の家は、ある建築家さんのはじめての設計であることと、オープンハウスとして1年間公開するかわりに、ちょっと安くしてもらえたのだとか。

そういう工夫というか節約というか、そういう方法があるのを知っている、友達の両親すごいッと思ったわけなのです。

つまりなんといったらいいのか、目標を持っている家庭にはかなわないな、と。

あたらしい家でのおどろき

友達のあたらしい家にも、やっぱり某女優さんと撮った写真がかざられていて、べつべつの部屋になった姉妹の部屋は、べつべつになった元2段ベッドとライディングデスクが置いてありました。

それから、終業式の2日後だというのに、すでに教科書もノートもビニールひもでしばって、廊下に出してあったのです。

そして、中学生になった友達は、はずかしそうに小学校のときのジャージを部屋着として着ていたりするのですが、もう、そんなのちっともおかしくなくて、むしろそういうことをきちんとしている友達に、わたしはただただおどろくばかりだったのでした。

当時の自分にはわからなかった

目標を持つこと、そして目標を達成するための計画をたてること。

このふたつくらいは、友達の家庭から学べたはずですが、当時のわたしにはわかりませんでした。

わからなかったから、いまのわたしがあって、いまこうしてこんなふうに書いているわけです。フー

ではまたー。

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