笑顔、あるいは口角をあげる効果について思うこと。

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ある時期から、無表情をよそおうことにしていました。

無表情にしていることで、自分は傷ついてないしぃ、そんなのぜんぜん平気だからぁ、とアピールするのです。

思春期から始まって、ながくつづきました。

いま思い返すと、たぶん、そのようにして始まったのがわたしの無表情な顔だったのではないかー、と。

今風にいうならば、中二病的な?

しかし、無表情というのは、表情筋的にかなりやばい。

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30歳をすぎてから、自分の顔のためにやっていること

スマイルブロックイメージ

なにがどうきっかけになったのか、もう覚えていません。

でも、30歳をすぎて自分の顔がまずいことになっていると気がつきました。

もうそれは、自分の顔がスキとかキライとかいうレベルじゃなくて、まずいんです。

そもそも顔がこわばっていて、うまく動かせないのです。

どうやら、無表情な顔を長年つづけているうちに、表情筋がおとろえてしまったみたいでした。

しかも他人としゃべる習慣がないから、口すらまともに動かしていません。

危機感を感じた30代半ば、必死に顔のマッサージをはじめました。

ごりごりいうくらい、押して、ひっぱって。

口を大きく開けたり、舌をぐるぐるまわしたり。

まー、とにかく、自分の手でできることをいろいろやりました。

手をかけると、変わります。

べつだん、なにをどう、ものすごいクリームをつかったわけでもありません。

ただ、いままでまったく手をかけてこなかった部分(自分の顔だよ!)に時間をかけて、手をかけて、意識するようになったら、顔のうごきがよくなりました。

口角をあげるのが楽になったのです。

それって、つまり、かんたんに笑顔がつくれるようになった、ということです。

脳みそはかんちがいするから、笑顔になるとたのしくなる、という説が有名になりました。

口角をあげていると、脳がたのしいとかんちがいして、たのしいホルモンを出しちゃうのだそうです。

これ、かなり有名な説ですけど、それでも街ゆく人々の口角はほとんど下向きです。

口角って、意識しないと下向きになっちゃうんじゃないかー。

笑顔の練習も必要だったー

そういえば。

娘が赤子のときに、わたしは衝撃をうけました。

笑顔はこぼれる!

笑顔って、たとえ話じゃなく、ほんとうにこぼれる。

わたしはこの目で、笑顔がこぼれるのを見たッ、という衝撃です。

笑顔がこぼれる、と表現した人は、きっとあの状態を見たにちがいない、とさえ思えました。

大人にはもう取りもどせないかもしれない笑顔。

鏡を見て、笑顔の練習をしろって、こういうことなのか?

と思いつつ、わたしは30歳半ばを過ぎて笑顔の練習をつづけました。

奥歯にわりばしを噛んでみたり、わざとらしい笑顔をつくって、ひきつりつつも練習しました。

夫によれば、わざとらしいくらいの笑顔をつくって、やっと写真上でいい笑顔に見えるそうです。

わたしは子供のときの飲んだ薬の副作用で、歯が黄色っぽく、歯を見せて笑うことができなかったのですが、夫にいわれてからは、歯の見えるわざとらしい笑顔をつくっています。

なかなか人前でひろうする機会はありませんが。

いまも、手をつかわずにできる顔の運動をつづけています。

あと、手があいているときには、とにかくもみます。マッサージします。

いま、はまってるのが、あごの骨の内側の筋肉をぐいぐいほぐすことです。

たぶん、こんなとこ、プロはぜったいやってくれない。

でもここ、舌のつけ根にもちかいし、首の筋肉でもあるのだから、もむにはいい場所なのです。

この文章を書きながらも、手がとまるたびにもんでました。

そのくらい、習慣にしています。顔もみ。

ではまたー。

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