とくべつなお手伝いじゃなく、自分でできるあたりまえのこと。

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小4息子に、家のお手伝いをしたいといわれて。

またしても、ずれた返事をした40代母です。

息子のいう「家のお手伝い」というのは、いつもやらないことをやってみる、お手伝いチャレンジみたいなの。

えらいね、ありがとう、たすかったよ。

そんな言葉が似合うお手伝いのことだと思います。

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あたりまえのことが母の助けになる、とわかって欲しい

子ども手帳

オヤツを食べたら、ゴミ箱に捨てる。

あたりまえのことだよね。

娘と息子がオヤツを食べたあと、なかよく2人分のゴミが残っています。

それを捨てるのは、わたし。

洗濯カゴのなかに入った息子の靴下が裏返しになっています。

それをなおすのは、わたし。

玄関先に室内用のサンダルがひっくり返っています。

それをそろえるのは、わたし。

お風呂を出て使ったバスタオルが畳の上に落ちています。

それをタオルかけに干すのは、わたし。

そんな小さなひとつひとつを、小4息子にいって聞かせました。

やったからって、だれかのお手伝いになるわけじゃない。

自分がやってあたりまえのこと。

でも、それをやってくれたら、母の助けになるんだよ。

やってあたりまえのことだから、「ありがとう」っていってもらえないかもしれないけど、すごく助けになるんだよ。

あたりまえのことをあたりまえにやるだけで、だれかの助けになることがあります。

義務でもなく、感謝もなく。

家のなかだと、どうってことのない小さなことが、ぜんぶ母親の担当なので、モノを元に戻すだけでも、助けになるのです。

やってあってあたりまえだけど、やってなければ母親がやることになっていること。

母親って、つまりわたしなんだけど。

夏休みには「家のお手伝い」がつきものです。

この夏は、いわゆる名もなき家事をリストアップして、小4息子にたのんでみよう、と思いつきました。

ではまたー。

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