ミナミさんというのは、母方の祖母(故人)の、友人です。
わたしの実家(父は婿養子)からすこし歩くとその住まいがある、近所に住んでいた老婦人です。
ミナミさんの思い出
こうして書いていて、思い出そうとしても、ミナミさんの顔がはっきり思い出せるわけではありません。
ミナミさんと呼ばれている老婦人が、いったい当時、何歳で、姓名をなんというのか、わたしにはわからないのです。
南さんなのか、三波さんなのか、もしかすると、ミナミというのは、姓名ですらないのかもしれない。
などと考えていくと、きりがないので、いいきってしまいますが。
ミナミさんは結婚をせずに、ずっと独身で、母親といっしょに暮らしていて、母親が亡くなったあとは、ひとりで暮らしている老齢の女性でした。
祖母はときどきミナミさんの家をおとずれていました。
茶飲み友達、といったところでしょうか。
とすると、祖母とおなじくらいの年だったのでしょうか?
記憶しているなかで、いちどだけ、わたしはミナミさんの家に行ったことがあります。
祖母と、兄3もいっしょだったと思います。
いえ、兄3がいっしょだったかどうか、記憶のなかではあいまいです。
わたしはたぶん、幼稚園にあがるまえ3、4歳だったような気がします。
なにもない畳の部屋があって(いま思い出すと広い部屋)、別の部屋に子供が読むような本があって、わたしはそこで本を読みます。
兄3はやはりいなかった気がします。
兄3が幼稚園に行っているあいだ、わたしひとりが祖母に連れられて、ミナミさんの家に行ったのかもしれないです。
祖母がなんといったか、ミナミさんがどんな服を着ていたか、なにもおぼえていません。
ミナミさんは、細いおばあさんだったと思います。
着物を着ていたような気がします。
縁台からあがって、がらんとしたなにもない部屋。
子供の読む本が置いてあったのは、甥や姪が読んでいたものだったかもしれない。
子供向けだけれど、古い本です。
すべてはぼんやりとした記憶で、とりたてて書きとめておくほどのことではないのです。
ミナミさんの話は、ときどき祖母や母の口から聞くことがありました。
そうして知ったのが、さきに書いたミナミさんの身の上です。
ミナミさんは結婚せずに母親と暮らして、母親が死んでからは、ひとりで暮らしている。
わたしの母は(父親の顔を知らない、戦争遺児である母は、ということですが)、ずっと祖母といっしょに2人で暮らそうと思っていたが、母親の死後もひとりで暮らすミナミさんを見ていて、結婚することにしたそうです。
なにがどうなって人が生まれてくるかなんて、わからんなー、と思います。
ミナミさんがいなかったら、もしミナミさんが独身じゃなかったら、母は結婚していなかったかもしれません。
それこそ、母自身がミナミさんのようにひとりで老後を過ごしていたかもしれないのです。
ミナミさんのことを思うとき、わたしはつい、そういうことを考えてしまうのです。
ではまたー。