傘を忘れましてね。
先週の、雨の日です。
電車のなかです。
乗りかえた電車のなかで気がついて「アーッ」。
無表情のまま、心のなかで「アーッ」。
電車のなかに傘を忘れて、駅の窓口
乗りかえた電車のなかで、傘を忘れたことに気がついた40代主婦です。
駅に着くなり、駅の窓口に直行です。
「あのぉー、電車のなかに傘を忘れてしまったんですけどぉ」
恥ずかしながら、傘を忘れました報告。
そこで、乗っていた電車が何時発の○○行きで各停であったこと、などの電車の情報を伝えました。
するとですね、その電車はすでに折り返して反対方向に向かっているというのですね、当然のことながら。
それが傘とどういう関係があるか、というと。
電車内の忘れものは、それを発見した駅であずかる決まりなのだそうです。
つまり、A県内で忘れものをしたとしても、ガタンゴトンと隣のB県まで運ばれてから発見されたら、B県まで取りに行かなければならない、という話でした。
あるいは、着払いで送ってもらうこともできます。
特徴のない傘は見つかりにくい
また、駅の窓口でいわれたのは「特徴がないと見つけにくいんですよ」という話でした。
はっきりした決め手がないと、その傘がその人のモノだ、と確信が持てないですよね。
そうすると間違いがあってはこまるから、着払いで送ることができない、ということみたいです。
わたしの長傘、特徴のない、ブナンな婦人傘なんですよね。
- 紺色、柄なし
- 光沢がある
- 持ち手が木製(茶系じゃなく、ベージュっぽい)
- ワンタッチ式
- 骨の数が多い、12本
思いつく特徴で、このていどなのです。
その場で問い合わせてもらいましたが、わたしの傘は発見されず。
そこで、窓口の駅員さんから「JR東日本の主な問い合わせ電話番号」という、小さな紙を受けとりました。
問い合わせセンターの電話番号が書いてあるのです。
ちなみに、忘れものの案内時間は6時から24時まででした。
しっかし、この電話がつながらないんですよねー。
週末の対応、平日の対応
JR東日本のお問い合わせセンターに電話がつながったのは、傘を忘れた翌日、土曜の夜でした。
そして、電話口に出た担当者の声。
あきらかにオツカレな感じの、声でした。
と、40代主婦は感じました。
そりゃそうだよねー、梅雨入りした関東、週末、傘の忘れものラッシュだよねー。
そしてわたしは、あらかじめ用意しておいたメモした紙を見ながら、自分の乗った電車、自分の傘の特徴を、担当の方に伝えました。
ただねー、自分でいっていても、こんな特徴じゃあ、ほかの傘と区別するのはむずかしいんじゃないかな、って思いましたよ。
結果、見つかりませんでした。
さらにわたしは、その週末の担当の方の、電話口から伝わってきたやる気のなさというか、オツカレな感じに不信感をいだき、平日にも電話をかけ直したのです。
すると、平日の午前の担当者さんは、はきはきとした口調で誠意が伝わってくる感じなのです。←個人的な感想
この人だったら、週末の担当者さんよりも熱意を持ってさがしてくれるような気がする! みたいな。
そんな好感触でした。
そして平日の担当者さんに、傘の特徴を伝えて、さらに忘れものをした電車について話しました。
わたしは電車について、前回よりもあいまいに、○時頃の電車といういい方をしました。
すこし幅を持たせることによって、選択範囲が広がるように、です。
すると平日の担当者さんはていねいな口調で、わたしに電話を切らずにそのまま待っているように告げて、わたしの傘をさがしに行ってくれたのです。←わたしからは見えてないけど
って、いま気がついたけど、わたしが電話をかけているのは、お問い合わせセンターなのだから、傘そのものはないんだよね、書類かなにかだけだよね、いまどきはパソコンのデータを検索とかだよね。
ともかく、平日の担当者さんは、わたしの傘をさがす試みをして、でも見つからなくて、わたしにおわびをいって、わたしもさがしていただいたお礼をいって、電話を切りました。
つまり、どうやら、わたしは週末の忘れもの担当者さんの対応が気にいらなかったのです。
不満を持っていたのです。
本気でさがしてくれたのかー? という不信感がぬぐえなかったのだと思います。
わたしは「なかったんだからしかたないよね」と思いつつも、しかし、週末の忘れもの担当者さんの、やる気のなさげな、オツカレな感じが心に引っかかっていたのです。
そこで、平日にもういちど問い合わせるという、というあきらめのわるい行動をしました。
でも平日の担当者さんがよい印象だったので、それでモヤモヤがなくなりました。
電話の声の印象って、大事だなー。
こちら側の勝手な思い込みだったりするわけですけど、でも、声の印象って大事、ですよ。
もちろん、こちら側の勝手なモヤモヤなのですが、その場でそのモヤモヤについてその場で伝えることのできなかったわたしは、もういちどさがしていただいて、気がすんだのだ、と思います。
そういうモヤモヤのない、ささいな不満をそのつど消化できるような。
そんな日々を、と思ったりするのです。
自分の感情、心の持ちようがよくわからなくなってまいりました。
ではまたー。