白いごはんが好きです。
いまわが家のお米は、義母の親戚筋の人から買っています。
ときどき、送ってもらっています。
まにあわないときは生協で買っています。
お店には安いお米も売っていますが、そういうお米は買っていません。
かつて、ある落語家さんが師匠にいわれたという言葉を思い出します。
「貧乏しても米だけはいいものを買え」
なぜって、いいお米はおいしいから、おかずがなくても食べられるというわけです。
わかります。
値段でえらんだお米の味
じつは、もう何年も前になりますが、いちどだけ、とても安いお米を買ったことがあります。
コシヒカリが10㎏で1,980円くらいだったと思います。
「安いねー」といって夫といっしょに買ったのです。
これが、ほんとうにおいしくなかったのです。
びっくりするほど、おいしくありませんでした。
そもそもお米がやせていて、コシヒカリといっても古米とか、そういう古いお米だったのかな、とあとで思いました。
あまりにおいしくなくて食べられなくて、こまったあげく夫と相談してそのお米を捨てました。
お米を捨てたのは、あとにも先にもそのときだけです。
お米が値段によって、そんなにも味にちがいがあるなんて、わたしも夫も考えたことがありませんでした。
値段で買って後悔しました。
食べものって、わかりやすいです。
おいしいお米の記憶
おいしいお米はふっくら丸くて、つぶがきれいです。
炊くまえから、おいしそうに見えます。
もともとは、夫の実家でお米をつくっていて、それを送ってもらって食べていたのです。
自宅用のお米だから、天日干しです。
おいしいにきまっています。
おいしさって、そういう手間ひまにあらわれるのです。
たとえば、自宅の分は天日干しするけれど、農協に出す分は刈ると同時に脱穀して、籾(もみ)は乾燥機で乾燥させます。
そういうふうにしているのだそうです。
しかし、夫の実家も義母が高齢になり、田んぼを他人に貸すようになりました。
他人だからたいせつにつかってもらえない、と田んぼの土手がくずれた話を、義母がしていました。
わたしたちが食べているお米も、いまでは義母の親戚筋の人から買っています。
天日干しのお米を食べることは、もうできないのだろうと思います。
もし天日干しのお米を食べたいなら、自分たちでつくるしかない。
でも、きっとつくらないですねぇ。
農業がどれだけたいへんか、夫は知っていますから。
買う、ってかんたんにできます。
えらばずに買うなら、なおさらかんたんです。
でも、食べものはできるだけえらんで買いたいと思っています。
値段だけに注目して、買ってしまわないように気をつけたいです。