息子とセーラー服男子。

学校、古い建物イメージ 小学校のこと

この春、小学校を卒業した息子。

息子には6年間、友達がいなかった!

とうとう友達をつくらずに6年間の小学校生活を終えた、息子。

しかし、息子の友達ゼロへの不安は、旧時代の感覚で生きているわたしの抱く不安であって、いまの時代なら友達ゼロもわりと大丈夫なんじゃないの? って思えてきたんですけど、どうなんですかね。

頭おかしい母親っぽくホロスコープ的にいうと、息子は天王星が強いので、天王星が強いと変人ボッチタイプってことなので、それはもう、星に出てるんだから仕方ないね、と納得することにしました。

君はもう、むりに友達をつくる必要なんてないんだ。

セーラー服男子とすみっコぐらし男子

学校、古い建物イメージ

タイトルにも書いたセーラー服男子なんですけど。

すごい、パワーワードと思って使ってみたくなって、タイトルにもいただいたのですが。

息子のクラスメイトに、セーラー服男子がいたんです。

わたしのような旧世代の、男女差別とかパワハラとかあたりまえ世代からすると、セーラー服男子なんてありえないんです。

セーラー服男子は、「母親の趣味で着せられている」としか思えなかったんです。

わたし自身、中学時代はセーラー服でしたし、セーラー服を自分の息子に着せるなんて、フェティッシュな親の趣味丸出しって感じがして、それはちょっと、ないんじゃないの? って思ったんですよね。ゴメンナサイ

でもさー、それ、ものすんごい偏見でした、わ。

そして、その偏見を、娘と息子が打ち砕いてくるのです。

娘「小6が、母親に言われたからって、自分の着たくないものを着ると思うの?」←たしかに!

息子「それしか、なかったんじゃない?」←あー

娘「お兄ちゃんもそれを着た、とか?」←なるほど!

なんだろう、男の子がセーラー服を着ること自体、彼らにとってはおかしいことではないんですよね

なんというか、わたしの時代にはなかったものですから、にわかに受け入れがたかったんですね、この偏見に凝り固まったアラフィフの脳みそにとっては。

自分自身のセーラー服への偏見、服装への偏見が露見して、はずかしく感じました。

娘も息子も、もっとこだわりのない、自由な感覚の中に存在している……。ス、ゴ、イ

そんなわけで、息子の同級生にはセーラー服男子がいて、なおかつ、すみっコぐらし男子がいたのです。

おそらく、かれらは独自路線をつっぱしる男子です。

そして、そういう、わたしの知るむかしの小学校だったら、存在がゆるされない感じの男子が、ごくフツウに存在できるクラスに息子はいたんだ、よかった、と思いました。

ぼっちな息子の休み時間

さて、友達のいない息子は、休み時間はずっと教室にいたそうです。

教室で宿題の漢字練習をしたり、ドリルをしたり、読書をして過ごしていたそうです。

低学年のうちは教室にいる児童も少なかったらしいのですが、高学年にもなるとクラスの女子は教室に残りますよね?

そして、キャハウフな会話が息子の耳に入りますよね?

すると女子児童のだれかが「シーッ、けけくんがいるよ」とみんなの声を制しますよね?

そんな場面が思い浮かぶ40代保護者です。

だてに50年近く女子やってませんよ、と。

やはり、息子もそのような場面に出くわすことがあったのだ、といいます。

そんなとき息子は、用もなくトイレに行き、手を洗い、廊下をさまよい、時間をつぶしたそうです。

息子にも、そのくらいの気まずさ、空気を読む能力はあるのだな、と安心した40代母です。

そのようにして、息子はとうとう6年間を友達のないまま、過ごしたのだな。

担任の先生の「だれか、けけくんを入れてくれるグループはあるかな?」にも負けず。←さすがにこれは気まずいといっていたが、毎度のことである。

友達のいるいないの、メリットデメリット、有利不利、便利不便、自由不自由、そんなの。

6年生のときの担任の先生は「むりにくっつけたりはしないです」といっていたので、むりに友達をつくることなく、息子は6年間を終えることができました。

息子は男子であるし、息子自身が友達をつくりたがらなかったから、ま、問題ありませんでした。

これが娘で女子だったら、本人の気持ちがどうであれ、めんどうなことが起こっていたかもしれないなー、と思います。

あと、運のいいことに、息子はやさしい顔立ちをしているんですよね。

娘ですら「あの顔にだまされている」という。

まったく、やんちゃではない、おとなしそうな顔をしている。

母としては、「ダイジョーブか、君は!」ってなるんだけど、わりと、だいじょうぶだったんだなァ。

スッ、と目立たぬように立ち、ハッと気づき、ウワァアアアと心の中で感じても、「ん、どした?」みたいな顔でたたずんでいるのが、わが息子けけさんのイメージです。

息子自身は、外ではすました顔で過ごしているつもりです。

おそらく現在のマスク生活は、息子にとってふきだしそうな口元をかくせる安心感があるように思います。

じっさいには、息子の笑いをこらえている顔は、周囲にバレているんじゃないかと思うのですが、本人は無表情をキープできていると信じているっぽいです。

そしてまた、あたらしい学校生活が始まりました。

息子がこのまま心おだやかに日々を過ごせることを願っています。

また、息子がみずから変革を起こすかもしれないという期待感があるのは、春のせいです。

そんなことがあってもいいし。

なくてもいいし、春だし。

そんなとこです。

ではまたー。

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