小学校の担任の先生に違和感をいだいたのは娘が小学5年生のときでした。

校庭イメージ 小学校のこと
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現在、中学1年生の娘が、小学5年生だったときの話です。

それまで、娘は学校の先生に関して批判的なことをいいませんでした。

また、学校側の希望として「どうかお子さんの前で先生を問題視するような発言は控えていただきたい、なにかあれば直接、学校へ連絡をください」といわれていました。

だから、わたしも夫も学校の先生に対する考え方について、娘のまえで話すことはありませんでした。

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同級生の男の子の発言だと思ったできごと

鉄棒イメージ

当時、5年生になった娘が、学校から帰ってきてこんな話をしました。

「あのね、○○県と××県は敵同士なんだって」

○○県とはわたしの出身県であり、××県はいま住んでいる県のことです。

わたしは「ははぁ、同級生の男の子からそんな知識を仕込んできたんだな」と思いました。

そんなことをいうなんて、「子供っぽい」と思ったのです。

娘自身も「おもしろいことを聞いちゃった」くらいの意識で話していたと思います。

すると、娘がつづけて「担任の先生がそういった」というではありませんか。

わたしの頭は、うわーッ、となって、あぶないあぶない、もうすこしで担任の先生批判に発展するところだった、と娘にはてきとうなあいづちを打って、口を閉ざしました。

この時点で、わたしは担任の先生に違和感をいだいたのです。

そして、夫には担任の先生に対するわたしの印象を伝えておきました。

当時はまだ授業参観をするまえで、つまり、4月の上旬でした。

4月の下旬から始まる家庭訪問は、なんとなく引っかかるところがあって、不在の連絡をしておきました。

娘が小学校にかよっていた当時は、家庭訪問時に不在の連絡をしておくと「地域訪問」の扱いになり、児童の住所を確認するだけで終わります。

2者面談での先生の発言に笑えませんでした

小学校では夏休みが始まった直後に、2者面談がおこなわれます。

児童をふくめて3者面談にすることもできるのですが、娘は1年生のときに3者面談でしかられてから参加したがりません。

わたしは例年どおり、2者面談に参加しました。

娘の学校でのようすは、わりとマイペースでありながら、あかるく交流できているようす。

意外に思いつつも、娘のよくわからない勝気な行動は感心するやら、おかしいやら、母親としてはそういう話がうかがえてよかったのです。

がッ。

担任の先生はこのようにまとめたのです。

「大阪のおばちゃんみたいですよね」

えッ? 小学5年生の娘を、大阪のおばちゃんみたいっていう?

たぶん、そこ、笑うところだったんだと思います。

でも、わたしから笑いがとれなかったから、担任の先生が不機嫌になった。(と、いうことなんじゃないかなー、と保護者であるわたしはのちのち思いあたったのですが)

わたしは追い出されるように、教室を出て、頭の中は「えぇッ? えぇッ? えぇッ?」ってなっていた。

わたしは担任の先生の言葉に笑えなかったし、そうかといって、うまく怒ることもできなかった。

怒っていたというか、「ふつうそんなこというか? 大阪のおばちゃんていわれて、よろこぶ母親がいると思うのか? こんなことぜったい娘にはいえない」という考えがグルグルして、夫にだけ話しました。

娘に報告したのは、競争心あふれる勝気な行動についてのみです。

本人に再現してもらいながら、たのしく報告できました。

娘が体育の授業中に動物にたとえられた話

娘はプライドが高いというか、自分がばかにされているとか、おとしめられているとか、そういうことに敏感なタイプです。

そんな娘だからこそ、「大阪のおばちゃん」なんてことはいえなかったのです。

そして、あるとき、娘が話し出しました。

「体育の授業で、鉄棒をやったんだけど、逆上がりができなくて、わたしともう一人の子のことをなんとかみたいだ、っていったんだよ」

娘が動物の名前をふせていいました。

なにに例えたのか、わたしがたずねても、娘は「いいたくない」といいました。

いいたくないような動物なのだな、と思って、しつこく聞くのはやめました。

この鉄棒の一件については、娘に同情しつつ、担任の先生の発言がわるいという話をしました。

あくまでも、発言がよくない、ということにして、担任の先生批判をさけたわけです。

そもそも、問題の体育の授業があったのは、わたしに話をしてくれた当日ではありませんでした。

娘は鉄棒の話を、わたしに話すか話すまいか悩んで、遊びに行くまえに話しはじめて、話が終わったらさっさと外へ遊びに行ってしまいました。

いま思うと、このタイミングで学校に電話すればよかったのかもしれません。

わたしの学校への苦手意識が、学校への電話をためらいましたし、たぶん、あの担任の先生に話してもわかってもらえないし。

相談するような、グチを聞いてもらえるようなママ友なんていませんし、あとで思えば、おなじクラスの保護者と話ができれば、娘に対する答えかたも変わっていたかもしれません。

でも、わたしは夫に話をして、「今年の担任の先生、ちょっとどうかと思う」ということで終わりにしてしまいました。

もちろん、このことはずっと引っかかっていたのですが。

それから、ある参観日に。

娘が幼稚園のときにいっしょだった男の子のお母さんとすれちがいました。

「ねぇ、うちの子、学校から帰ってくるといっつも○○先生のこと怒っているけど、娘ちゃんはどう?」

「え? うちはそんなことはないけど……」

ないけど……、どういうこと?

それきり、おたがいに手を振ってすれちがってしまいましたから、つづきは聞けなかったのです。

わたしの頭の中は疑問でいっぱいでした。

帰宅して娘にたずねました。

「××くん、よく怒られるから。宿題わすれたりとか、わすれものしたり」

「そうなんだ……」

先生キライ派と先生スキ派

そんなことから、娘が話し出したのは、クラスには担任の先生キライ派ができていて、先生の悪口をいって団結しているらしい。

共通の敵がいるとなかよくなれちゃう、っていうパターンですね。

(じつはこのときから、娘には仲のいい固定の友達ができたのでした)

悪口の内容までは聞いていないですけど、担任の先生はいわゆる体育会系で、その点でしたわれている部分もあるみたいでした。

でも、娘がいうには、さいしょは先生スキ派の体育会系の子でも、しだいに先生キライ派になった子もいるのだとか。

なにかが、あったのでしょう。

それでも、先生キライ派と先生スキ派がはげしく対立しているわけではないみたいでした。

そもそも、先生スキ派はともかく、先生キライ派は裏面というか、地下活動的なものでしょうから、2派が表立って対立するわけにはいかないのでしょう。

わたしは娘から聞いたことなどを、ぽつぽつ夫に話していたものの、ふたりとも娘のまえでは先生批判をしない態度をとっていました。

くり返したのは「先生は体育会系なんだよね」「まあ、体育会系だから」ということで流していました。

当時、娘は5年生でしたから、上級生としての動きを求められていました。

担任の先生はまさしく体育会系で、そういう部分にきびしかったのです。

いま思うと、ほかの先生だって5年生にたいしては上級生としての行動や態度を求めていたと思うのですが。

(われわれが体育会系という言葉をくり返したおかげで、娘は体育会系に拒否反応をいだくようになり、中学校では文化系の部活を選びました。という話につながります。ウーン)

いつかクソババアとよばれる日まで

そんなこんなで、ある日、とうとつに娘が爆発した。

かのように、大人2人は思ったのでありました。

おそらく、娘はずっとなにかがまんしてがまんして、それがとうとうあふれ出たのです。

われわれ大人、親たる2人があっけにとられるようなかたちで。

それは、ある夕食時のこと。

わたしと夫が話しているときに、とうとつに娘がおこりだしたのです。

もう、なにをいっているのかもよくわからないのですが、「あたしがさぁ、はなしたいとおもってるのにさぁ、いつになったらはなしがおわるんだよ、このクソババァ、クソジジィっておもってるのに」とかなんとか、もう、理不尽だと思います。

でも、娘のどうしようもない怒りとどうしようもない衝動と、なんだか、そういうのは伝わってきて、ついにきたかー、クソババァってなったのです。

いつかね、クソババァって、ののしられたりするんだろうなって思っていたけど、小学5年生でついにきた。

このあと、息子のまえを横ぎるときなどに、「はいはい、クソババァがとおりますよ」ってヘコヘコと頭をさげながら歩いていくと、バカ受けでした。

(息子)「ちょっと、クソババァって、なに、フフフー」

でも、きみもいつか、母をクソババァ呼ばわりするんだろぉお、ってことで。

そんなこんなで、また、夫とひそひそと、なんだろうねなんだろうね、と話をしていたのすが。

もう、おこっているときの娘の顔って、顔は真っ赤で目はつりあがり、はげしく奇声をあげて、みたいな、「むかしのキツネ憑きって、ああいう思春期の状態をいっていたんじゃないかな」なんて夫と話したくらいに、やばい状態でした。

あと、夫のお姉さんは、思春期に父親とはげしくいい合っては、外に飛び出して、母親が迎えに行っていた、という話があって、「やっぱり長女というのは、はげしいぶんだけ、芯の強さがあるんじゃないかねぇ」と末っ子両親は話し合ったのです。

そのころの娘は、たぶん、いろいろあったんだろーなー。

話せる部分と話したくない部分と話したい部分と、いろいろあって。

5年生の終わりに娘に伝えたこと

学年の終わりに、学校からはアンケートが届きます。

教育委員会が実施している恒例のアンケートで、子供自身が書くことになっています。

それは、いじめやセクハラに対する調査みたいなもので、匿名です。

娘にたずねたら、先生のことは書かなかったという。

わたしは書いたほうがいい、と伝えました。

わたし自身が聞いて知っている具体的なことは、娘が体育の鉄棒の授業で、ほかの生徒1人とともに動物にたとえられたことです。

「いやな気持ちがしたよね。それを、そのまま書くんだよ。こういうことをいわれて、いやでした。こういうことがあった、いやな気持ちがした、かなしかった、そういうことを書けばいいの。書いたほうがいいよ」

それから娘は「書いた」といってアンケート用紙をホチキスで何回も何回も止めたのを見せました。

その外見からも、娘の傷ついたようすがうかがえます。

(ほんとうは中身を確認したかったのですが、そこまでされたら見る気がおこりませんでした)

その痛々しいアンケート用紙を封筒に入れて、娘に学校に持っていくようにいいました。

そのアンケート用紙は、担任の先生は直接受け取れません。

学校でアンケート用紙を回収するのは、担任の先生以外の教頭先生とか教務主任の先生と決まっています。(と、息子がアンケートを提出し忘れたときに届けて、知ったのです)

それですこし、娘の気持ちが整頓できたかなー、落ちつくといいなーと思いました。

そのあと、わたしが気にしたのは、6年生になったときの担任の先生はどうなるか、ということでした。

親バカ、モンペといわれてもいいから、小学校に電話して「○○先生を娘の担任にしないでください」っていおうかと思いました。

でも、娘にその話をしたら「そんなことしなくていい」ということだったので、電話はしませんでした。

(母)「でもさ、中学校はともかく、小学校なら、あの先生の担任はいやだからやめてくださいっていえば、とおると思うよ。たぶん。いいの? 来年もくり上がって、おなじ先生かもしれないんだよー」

なんども確認しました。

だって、また娘がいらいらしたり、泣いたり、おこったり、クソババァとクソジジィになったり、いやですからね。

すごーく不安でしたが、担任の先生の転出はなく(転出に関しては3月の末にわかる。何年もいるからそろそろいなくなってもいい時期だったので期待していた)、ある意味、新1年生の息子の担任の先生なんかよりもずっと心配でした。

けっきょく、元担任の先生は6年生の担任にくり上がることはなく、娘は以前も担任だったべつの先生のクラスに決まりました。

6年生の担任の先生が発表されたとき、先生キライ派の面々がよろこびの声をあげたそうです。

いや、わたしも、ほっとしました。

登校拒否やむなしって思ったし。

娘もめちゃくちゃよろこんでいました。

その後の担任の先生に関するさまざまな伝聞

そうして、去年は娘が6年生になり、息子が1年生になりました。

わたしは5年ぶりにPTA役員になりました。息子の分のノルマです。

そこで、娘の元担任に関するいろいろな話を聞くことができました。

元担任の先生が6年生の担任にくり上がりされなかったのは、なにかいろいろいわれたかららしい。

以前、低学年の担任になったとき、元担任の先生は「(2年生が)ここまでできないとは思わなかった」といったらしい。(それ以来、高学年しか担当していないらしい)

3者面談の席で「○○くんは人間として問題があります」といわれて、息子がうつむいて震えはじめた。←当事者である保護者ママから直接聞きました。

元気な子供らしい子供が好きだから、おとなしい子にたいしてきびしい、のだとか。

まー、出てくる出てくるいろいろと。

なんで、この先生、先生をやってられるの? っていうくらい。

ただね、体育系の教師って、必要なんですよね。

率先して仕切ってくれる存在として。

それにしても、6年次の娘の担任じゃなくてよかったーッ。ほんとうによかったッ。

2年もつづいたら娘はもちろん、親の心もすさんでましたよ。

娘の視点がしっかりしていておどろかされたこと

その後、娘は無事に小学校を卒業しました。

6年生の担任の先生にたいして、娘はふつうに話していました。

卒業が近くなって、わたしはようやく5年生のときの担任の先生について、わたしが聞いたいろいろなよくないうわさを娘に話しました。

そして、娘が話し出した元担任の先生エピソードですが。

眠っている生徒を起こすときに、わざと大きな声で、まわりの子にわかるように声をかけた。

さらに眠っている子をカメラで撮った。

もうね、子供の悪ふざけじゃないですか。

娘はもちろん、他の生徒もいやだなって思ったらしいです。

では、6年生の担任の先生の場合、眠っている子にたいしてどんなふうに対応したのか、娘にたずねました。

眠っている子の近くにいって、小声で声かけをして起こした。

顔を洗うように、しずかに伝えた。

やり方がスマートですね。

眠っている生徒がいるからって、さわぎたてない。

子供って、ちゃんと見ているし、感じている。

居眠りをしている子を笑いの対象にしようなんて、子供たちはしないわけです。

自分がされていやなことは、他の子にもしない。

そんなふうにならっているし。

娘のものの見方、感じ方にいちじるしい成長をみました。

とはいえ、まだまだハラハラしながら、成長を見まもっている段階ですけれども。

ではまたー。

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