昔なつかしい友人に会うとしても、思い出話をしたいわけではないと気づいた日のこと。

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もう、何年前になるでしょうか。

ある夏、わたしは地元に帰り、友人4人と会いました。

わたしが地元から離れて20年近くたった頃です。

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昔話、思い出話しかしない友人Bの存在

古い写真イメージ

当時、地元を離れた友人2人、地元にいる友人2人、わたしをふくめて5人がひさしぶりに顔を合わせたのです。

話をしているうちに、わたしはあることに気がつきました。

4人の友人のうち、Bちゃんだけは昔話しかしないのです。

わたしたち5人がいっしょだったのは、中学のときまでです。

Bちゃんは、ひたすら中学時代の思い出話しかしないのです。

○○先生がどうだったとか、××先輩をどこそこで見かけた、とかそんな話ばかりです。

ちなみに5人で食事をしたのは、わたしたちが30代半ばのときです。

わたしは2人目を妊娠中でしたし、既婚の友人が2人、未婚の友人がBちゃんをふくめて2人いました。

はっきりいって、もう20年も前のことなんて覚えていません。

先輩や先生の話をされたところで、顔と名前が一致しないし、そんなむかしのこと、もうどうでもいいのです。興味がない。

昔話や思い出話しかできない友人Bにないもの

食事のあと、友人4人と別れて、夫と2人きりになったとき、わたしはこのもやもやについて夫に話しました。

ひさびさに会った友人同士、いまの近況を語りあいたいと思ってあつまったのではなかったか、とわたしはあとになって気づいたのです。

いまの近況を交換したいと思っていたのに、Bちゃんの思い出話がつっこみを入れてくるのです。

(夫)「その人には、語るべきいまがないんだよ」

夫はときどき、的確なことをずばりという。

わたしはそのころのBちゃんの状況をなんとなく知っていました。

そして、その夜あつまった5人の中で(さらにいうと、中学のころ仲のよかった10人の中で)、Bちゃんだけが家を出たことがないのです。

Bちゃんの仕事のことも、家庭のことも、なんとなく話に聞いていました。

「あの頃」よりも、「いま」がいいと思える生き方をする

Bちゃんは「あの頃はよかったよね~」「たのしかったよね~」となんどもくり返しました。

でも、あの頃がいちばんつらくて大きらいだった(と、いい切ってしまってもいいと思う)わたしとしては、同意しかねた。

わたしは、いまのほうがずっといいです。

もちろん、悲しいことやつらいこともあって、まだ片づいていないこともあるけれど、それでも夫がいて子供たちがいて、いまのほうがずっといい。

わたしは家を出て、考えて、行動して、変わって、また考えて、出会ったり、学んだり、いろいろあって、やっぱりいまがいいです。

もうずっと、いまがいいって思えるように生活しているし、少なくとも中学時代がいちばんいやだったので、あの頃がよかったなんて思ったことがない。

手元に中学時代の卒業アルバムがあったら中身を見ないで断捨離します。ハッハー

そういう生き方ができたこと、選べたことに感謝しています。

いやなことがあって進む道をかえたり、かなしいことがあって気づいたことがあったり、マイナスがプラスになっています。

マイナスと思えることも、すべてはただ起こったことでしかない。

起こったことをどうとらえて、どう感じて、生きるか。

まー、その当時の感情としたら、それどころではなかったわけですけれども。

ではまたー。

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