夫の実家周辺の、いろいろと変化していたこと。

マイホームイメージ 実家へ帰省
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夫の実家に3年ぶりに帰省しました。

夫の実家の近所は、だいたい兼業農家です。

近隣には田んぼ、果実畑がゆたかな地域なのですが、いよいよ宅地化が進んでまいりました。

義母に話を聞いたら、実家周辺はお店にも近いし、売りに出せばすぐに買い手のつく場所なのだそうです。

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新築1戸建て群

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今回の帰省、なぜか2日とも5時前に目が覚めてしまいました。

ということで朝食後、朝寝坊の娘を置いて、親子3人で散歩に出かけました。

夫の実家近辺は、首都圏より1ヶ月くらい春がおそいのでしょうか。

なんと、つくしが生えているのを見ました。

そういえば、桜も咲いていましたな。

そんな感じで、春気分をたのしみつつの散歩でした。

田舎らしい、大きな鯉のぼりが空を泳いでいます。

と、見なれないあたらしい建物がありました。

会社でもなく、でも入口が開いていて、お店ともちがうし。

アパートでした。

こじゃれたアパートが2軒ならんで建っていたのです。

「こんなの、まえ来たときはなかったよ」と夫。

そしてさらにその奥には、新築1戸建て群。

5軒くらいかたまっていて、それぞれ注文住宅っぽい、なんだかおしゃれな作りの家々です。

義母が、自治会の人数が増えた話をしていたのを思い出しました。

前は50人だったのが、300人になった、と。

そんな、おおげさな、と思いつつ聞いていたのですが。

こんなふうに家が建ちはじめたら、50人が300人になるのもふしぎではありません。

義母がいうには、近所でも田畑を売る家が増えたのだそうです。

売りに出せば、すぐに買い手がついて家が建つ。

そんなふうにして、50人が300人。

アパートの人は自治会に入らないそうですから、実際の人数はもっと増えているのでしょう。

田畑が宅地になっていくよ

義母の家のちかくでも、基礎工事を始めている土地がありました。

このあたりはむかしは3つの姓の、○○郭(くるわ)、××郭、△△郭があって、そのほかの苗字の人々はあまりいなくて、という話でした。

くるわ、とは集落という意味です。

つまり、夫の苗字ばかりの集落がひとつあったわけですね。ナンカコワイ

はァー、と昔話を聞くような気持ちで、義母の話を聞いた40代嫁です。

世代交代というのかな、もう田畑を売ってしまう世代になったわけで。

義母の近所でも、お年寄りが老人ホームへ入って、息子さんは若いうちに家を出て、だれも住まなくなった家を取り壊して、売りに出したらすぐ家が建つ、というような。

なんだか、そんな話です。

そうかと思うと、どこどこの家では夫婦が離婚して、引き取った娘さんが「わたしがやる!」といって娘一家で果実づくりをやっている家もあるのだとか。

お義母さんも、どこからか「わたしがやる!」という声があがるのを待っているのだろうか、と思ったりもする40代嫁です。

ただ、夫の実家は専業でやるほどの土地はすでになく、田んぼの場所もわるく、これを継いでくれ、という切実な感じではないんですよね、よくわからんけど。

お義兄さんは「もうかるなら専業農家やってもいいよ」くらいの考えはあったらしいですが。

父の実家でも、従姉妹たちは「農家には嫁ぎたくない」といってサラリーマンと結婚したし、夫のお義姉さんも「農家はやだ」と以下同文。

親の苦労を見ているとそうなるんだよ、と夫はいいます。

ぜんぶがぜんぶ住宅地になっていくわけではあるまいがー、たぶん、すごいいきおいで家が建てられていく、でしょう。

住んだことのないわたしでさえ、なんだかさみしく感じるのです。

わたしの実家の近所もつぎつぎと住宅が建っていて、記憶のなかの空き地や畑がつぶされています。

記憶のなかでは空き地や畑があって、でも現実の建物を見てしまうと、記憶とのズレでへんな感じになるのです。

夫の頭のなかも、そういうへんな感じを味わった帰省だったのかもしれないですね。

ではまたー。

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