台風とノスタルジー。

ちゃぶ台イメージ つぶやき
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台風19号がやってきた12日は、ずっと家にいました。

ラジオはほぼつけっぱなし。

なつかしい町名がラジオから流れてくると、それは避難勧告なのでした。

わたしの実家も夫の実家も、地元にメジャーな川が流れています。

ただし、広い河原のある川だったり、崖下の川だったりするので、その点では心配していませんでした。

いちおう、わたしも電話してようすを聞いてみましたが。

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川向こうの思い出

ちゃぶ台、田舎のイメージ
ちゃぶ台は田舎のイメージ

ツイッターで地元の地名と川の名前を使って検索すると、見覚えのある場所の、見たことのない川の様子がありました。

よく知っている橋の、橋げたの、ここまで水が来ているなんて。

夏にはバーベキューやテントの並ぶ河原がまるまる濁流にのまれて、川の両端の木々だけが顔を出しています。

大雨のあとに川かさが増した姿を見た記憶がありますが、比べものにならないくらいの川幅です。

わたしの実家の近くの川は、もう何年も前に河川工事をして、川沿いの崖をコンクリートで固めてしまって、川へ下りるにはずいぶん回り道をしなければなりません。

当時は、「つまらないことをするなァ」と感じましたが、崖上に立つ家々を思えばたいせつなことでした。

夫の実家にも近くに川が流れており、ひとつはすぐ近くの崖下、もうひとつは線路の近くにあります。

いずれにしても、夫の実家は義母自慢の「岩盤の上」に立っていますから、水に関して心配はありません。

台風後の義母からの電話によると、それまで雨がまったく降っておらず、果実が青いまま葉が枯れてきていたそうです。

それが一転して大雨になった、と。

落ちた果実は50個ほど、ほかには小屋のトタン屋根が飛んだそうです。←どこへ?

さすがの義母もこわくて眠れなかったらしい、と夫がいっていました。

夫の実家の近くに流れる川は、崖をのぞきこむと下のほうを流れているのが見えるような、ふだんはたいした水量のない川です。

しかし、夫によると、川の水位があがったときには釣堀が沈んだことがあるといっていました。

自分の実家近くの川、そして夫の実家近くの川を検索しては見ているうちに、わたしはもうひとつたいせつな川を思い出していました。

それは、父の実家の前を流れる川です。

そもそも、その川の名前すら知りませんでした。

その小さな川に、名前がついているなど考えてもみませんでした。

しかし、その川もどこかの川につながっていて、そそぎ込んでいるはずです。

ひどい話ですが、わたしは父の実家の前を通る道が何号線だとか、そんなことすらも知らないのでした。

ただ、父の実家の地名とうろ覚えの場所をたよりに、グーグルマップでさがしていきました。

すると、川の名前はすぐに確認できました。

そして、夫ともにグーグルマップ、ストリートビューなど見ていきました。

父の実家はむかしのとおりあって、2階建ての小屋の奥に牛がいたこと、庭に入ってすぐの横にも牛が2頭並んでいたけれど、その掘立て小屋はもうこわしてしまってないこと。

むかしの古いトイレが外にあったのは、さすがにこわしてなくなっていること。

この小屋にはかまどがあって、餅つきをするときにはそのかまどでもち米をふかしたこと。

川向こうには2階建ての蚕小屋と畑が広がっていたこと。

その川は、行くたびに流れる場所が変わっていて、板で作った橋をかけて渡っていたこと。

そんなたわいのないことを、ほんとうにとりとめもなく、夫に話しました。

そして、父の実家のあたりを上空写真で見ると、そこかしこに黒くて四角いものが整然と並んでいるのです。

そう、いわゆるソーラーパネル畑。

父の実家も、いまは伯母がひとりで住んでいるだけですし、川向こうに暮らす従姉夫婦は勤め人です。

そんなわけで。

台風をきっかけに、ひさびさに郷愁を感じましたが、変わりゆく思い出の土地に一抹のさみしさをおぼえました、とさ。

ではまたー。

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