小6息子の二者面談の話題は友達問題。

教室、学校イメージ 小学校のこと
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息子の場合、ほぼ毎年コレ。

小3から、ずっとコレ。

毎年、友達いない問題をテーマにして、二者面談を展開しています。

面接時には、だいたいこんな質問をしています。

「休み時間に外に遊びに行ってますか?」

「友達、いませんよね?」

ま、わかってます。

(身バレがこわいと思って、時期をずらしてアップしようと思っていたらすっかり忘れていた7月の出来事です)

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友達を欲しがらない系の小6男子

息子のぬいぐるみ、ダッフィー、リラックマ

たとえば小6息子が「友達が欲しいのに、だれもぼくの友達になってはくれないんだ!」というんだったら、そりゃあ悲しいです。

しかし、小6息子の場合、友達が欲しいわけではない。

ひとりでいるほうが気楽っぽい。

休み時間、クラスメイトに「外に行こう」とさそわれても、ずっとことわりつづけたという息子は、いまではだれにもさそわれなくなったそうです。

小6息子は、もう、そういう存在として認知されているらしい。

そんな話を、4年生のときに担任の先生から聞いています。

つまり、今年もそうです。

今年の場合、コロナのため、休み時間に友達同士があまり集まらなくなっている、と臨時休校明け直後に小6息子が言っていました。

無理に友達をくっつけない

それで、今年の担任の先生も、小6息子のポツンとした様子を見ているし、声のちいさいのも知っているし、まー、例年通りです。

小6息子には、友達がいないことのデメリットとして、伝えていることがあります。

学校において、班分けを必要としたときに、先生が「だれかー、けけくんを入れてくれる班、あるかな?」とたずねるのを、となりで聞いていなければならない、という気まずさ。

これにつきます。

ある意味、これだけです。

それは本人にもくりかえし話しているし、本人も何度も経験しているし。

その気まずささえ乗りこえれば、まー、あとはどーってことないよ。

担任の先生は、無理に友達をくっつけることはしません、といっていました。

よかったな、けけくん。

むかしはさ、無理にくっつけるの、あったよね。

ポツンとポツンをくっつける、みたいな。

名前を記述する友達調査があって、友達がいないとまずい空気感があって。

高2娘のときですら、「親友がいない」なんていわれ方をしたもんです。

わが身を振り返って、40代主婦の交友関を考える

まー、こういってはなんだけれど、わたしも友達がいません。

学校に通っていたときはいました。

でも、それ以降はつくっていません。

友達を作るにあたって、あたりまえに動ける人というのがいて、あたりまえに話して、あたりまえにメアド交換、LINE交換するのです。

そういうことがフツウにあたりまえにできると、友達がつくれるみたいなんです、としかいいようのない世界です。

わたしは、そういう一連の流れが目の前で展開するのを見たとき、おどろきました。

たまたま小学校の役員になったというだけでも、友達を作ることができるのです。

と、いうことですね。

そもそも、わたしはママ友というジャンルに興味がなく、開拓する気持ちがないのです。

ママ友は、子育てという共通項から親しくなれるので、もしかしたら一生を通じての友達になる可能性を秘めています。

子供をネタにすれば、話題もつきることがなく、最強の友達関係になれるのかもしれません。

でも、わたしはそういうのじゃなくて、つまり現実のなまなましい子育て、生活からはなれた、おだやかですがすがしい場所に心をおきたいのです。

友達を作るならそういう場所であってほしい、というか。

まー、ともかく子育てとか、日々の家事とか、そんなのを語り合う相手が想像できないのです。

ママ友同士って、いったいなにを話しているんだい?

わたしがもっともママ友を得られそうな環境にいたのが、幼稚園バスのバス停のグループでした。

わたしは3年間そこの人たちといっしょに過ごして、やっぱり友達にならなかったです。

そのとき、わたしが携帯電話を持っていなかった、というのもあったんだけど、携帯電話を持ったら、もしかしたらメール交換して、もしかしたらもしかすると友達になっていたかもしれないのですが、たぶん、なっていなかったです。

1年遅れてバス停に来たママですら、上手に溶け込んだ、というのにな。

いや、友達になりたくないからそのタイミングで携帯電話を持たなかった、ということでもあります。

ただ、わたしだって、いままで公園から幼稚園から子育てを通じてかかわった人々の中には、合う人がいました。

話していて気持ちのいい人、というのはいました。

でも、だいたいそれきりの人で、だからこそ気持ちのいい人という印象で終わっているのだとも思います。

また、わたしは、1対1じゃないと話せないらしく、1対1の状況だとたいへんな長話を相手からしていただけることがあります。

わたしはどうやらそういう他人の話、おもに身の上話が大好きなのです。

そういう話は、たいてい1対1のときにしか聞けない気がします。

友達がいないので、中学進学が不安

まー、そんなわたしが母親であるのだから、小6息子に友達がいないことをわたしがとやかくいえた義理はないのである。

そのように考えつつ、小6息子に一人で学校生活を送る心がまえをしておくように、と伝えるのでありました。

これが女の子だったらもっとやっかいな問題になったと思いますが、男の子だから、ま、なんとかなるのかな、と思っております。

ただし、小6息子の存在をそのようなものとして認知している他の児童のみなさんのおかげで、小6息子はそのようなままありつづけていられるわけでして、これが中学校に入ったら、変わってしまうんじゃないのかな、という不安。

高2娘は、自分がかよった公立の中学校でいろいろ見ているので、小6息子が中学校でいじめられるんじゃないかと心配しています。

先生は先生でそういう生徒をいじるし、生徒は生徒でそういう生徒をいじる。

いじめと認知されないていどのいじり。

そうした人身御供みたいな存在で平和。

いじめではない、いじめなんてないんだ。

高2娘からしてみると、小6息子はそういう側の生徒っぽいんですね。

おとなしくて、声が小さくて、はっきりしない。

だいじょうぶか、息子よ?

そういう心配、不安、もろもろが、ある。

そうかといって、小6息子は変わらないだろうし、それでいいと思うし。

小6息子には小6息子なり考えと生き方と目指すものがあって、それがこの世の中ではメジャーではないのでしかたないですね。

ただ、わたしは息子の無垢な魂が傷つくのをおそれている。

傷つきと癒しとをくり返すか。

あるいは小6息子は、高2娘よりも無頓着でタフである、とも考えられます。

しかし、それをぶち壊すくらいに無神経で卑怯なものごとがあったりするのを知っている。

小6息子のこれからを考えると、なんともセンチメンタルな気持ちになります。

小6息子は、家族以外の人間とほぼ交流がなく、暮らしています。

友達がいないということは、人と接する機会がとても少ないです。

お店に買い物にも行かないし、一人で出かける場所は小学校への登校だけです。

そんなので、だいじょうぶか?

こうして書いてみたらますます不安になってきた40代保護者です。

小学6年生って、こんなもん?

まぁ、考えてもきりがないので、こんなとこで。

ではまたー。

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