夫の伯母の家の片づけを義姉がおこなっています。

ダンボール箱イメージ 捨て活
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一昨年くらいから、夫方の伯母が入院しています。

たしか、90歳前後になると思います。

その伯母の、家がいわゆるゴミ屋敷なのです。

そして、その伯母の家を義姉が何年にもわたって片づけています。

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義姉は3年以上前から片づけている

まだ、わたしたち家族が長期の休みごとに帰省していたころ、義姉は伯母の家の片づけを始めました。

つまり、かれこれ3年以上はつづけています。

片づけをはじめたきっかけは、伯母が脚を痛めて入院したからだったと思います。

伯母の退院後、義姉は伯母の家の片づけに着手したのです。

さいしょは「あれは捨てるな」「これは捨てるな」と伯母もうるさかったみたいですが、義姉も強い性格なので、「わたしがやらなかったら、だれにやってもらうの? そんなにいうなら、もう来ないよ」とかなんとかいって。

伯母は伯母でその強い性格から、家族を追い出してしまっていて、義姉がかよってくれなければ困ってしまうのは火を見るよりあきらかです

そんなこんなで、義姉はいまだに伯母の家の片づけをしています。

姪ごさんからは「業者にたのんじゃえば?」なんて、いわれてましたけれど。

業者さんにたのんだら、おそらく数百万かかるだろう、と義姉がいっていました。

「そんなお金、だれ出すの?」

義姉がため息まじりにいったのは、年金暮らしの伯母の内情が火の車と知ったからです。

伯母は仕事がら交友関係も広く、いろいろと散財なさる方でした。

おでかけが好きで、行ったさきでも目につくものはアレコレ買って。

目にとまったら、あれもこれもとぽんぽん買ってしまうような、そんな暮らしぶりだったらしいです。

入院中のいまも、すきあらば散財しようとしているご様子でした。

伯母の家の記憶

ダンボール箱イメージ

わたしは結婚してから、夫に連れられて、その伯母の家になんども入っています。

門を入ると、広いけれど手入れされていない庭があって、玄関には飾り棚にいっぱいのおみやげものらしい民芸品やらなにやら。

廊下にはダンボール箱、奥に見える階段にもモノが積み重ねられています。

わたしが入るのは、玄関まででした。

わたしたち夫婦が帰省中に訪問すると、伯母は十中八九いません。

田舎なので、カギをかけずに外出しているのです。

夫は勝手知ったるなんとやらで、「おばちゃん、耳が遠いから」といって、中にあがっていきます。

たいていは「いなかった」といって、手土産だけを置いてもどってきました。

わたしはいつも玄関で待たされているのです。

ただいちどだけ、伯母が在宅していたことがありました。

わたしはそのときはじめて、玄関よりも先へ通されて、応接間と思われる部屋のイスにすわりました。

玄関をあがって右手に見えるドアから入って、モノのあいだを通って、イスにすわった記憶があります。

テーブルはなかったか、モノでいっぱい過ぎて、わたしの目には認識できませんでした。

そこまでモノにあふれた部屋に通されたのははじめてです。

緊張していたのと、なんだかとっても気まずい感じがして、あたりを見回す余裕がありませんでした。

うす暗い部屋でした。

居心地がわるくて、からだをちぢめてすわっていたのをおぼえています。

イスは1脚だけ、応接間のドアに向かって置かれていて、つまりまっすぐ進んでイスにすわって、応接間の入り口から差し込む光を見ている状態です。

いっしょにいた夫がすわる場所もないし、部屋の外から伯母と夫の話し声が聞こえてくるけれど、なにを話しているのか、わかりませんでした。

内容のわからない話し声が聞きながら、行ったり来たりしている気配を感じていました。

ちなみに、その伯母は、他人を指導する立場の仕事をしていました。

いつも髪も服もきちんとしていて、社交的で、歯切れよく話して。

でも、部屋はアレだ。

そう考えると見てはいけないものを見ている感覚で、混乱があった訪問当時30代主婦です。

その伯母はかつて、「いつか自伝を書くのだ」と仕事をしていた当時の資料を、実家である義母の家に持ち込んだそうです。

義母は、その資料を納屋に置いたといって、「はやく朽ちてなくなればいい、と思ってるんだよ」といっていました。

もう、伯母が自伝を書くことはないでしょう。

義姉は伯母のお世話と家の片づけと、何年にもわたって続けています。

田舎のゴミの分別はめんどうだから、さらに時間がかかると義姉がこぼしておりました。

まったくもって、頭の下がる思いです。

ではまたー。

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