ネット上にはアスペルガー診断とか、いろいろあるじゃないですかー。
それで診断すると、だいたいそこそこグレーゾーンなんですよ。
だってさ、自分の気質なんて大体わかっているわけで、これまでの人生を振り返ると、そりゃたしかにアスペルガー的である、そっち寄りである、と気がつきます。
アスペルガー症候群を、いまはASDと呼ぶらしいのです。
そうした考えにとらわれだしたのは、『毒親の正体』という本を読んでから、なんですけど。
つまり、そこで、そっかー自分の母親はASDだったんだー、ナルホドーとなりました。
遺伝的であることを思えば、わたしもその傾向はあるわけだなァ。
そのくらいまでは冷静でした。
対岸の火事のように、冷静でした。
高1娘がアスペルガーっぽい気がした2019年、夏
たしか夏ごろだったと思うのですが、高1娘が「わたし、ADHDかもしれない!」といい出しました。
はいはい、部屋がちらかっているからですね。
それよりも、わたしの実母からの遺伝を考えたらASDなんじゃないかな、と思って(この時点でのわたしは、自分はASDを他人事としてとらえています)、図書館からADHDに関する本とASDに関する本を混ぜて借りてきました。
すると、想像以上に高1娘がASDにあてはまるのです。
- たとえば、服に無頓着であること。
- 子供ルームで叱られた記憶をいつまでも覚えていて、その話をしながら悔しさで泣き出してしまうこと。
- 小学校で「クラスメイトはみんなともだち」といわれたのを真に受けて、みんなが友達だと思っていたこと。
- 年頃になっても相談相手が友達じゃなくて、母親。
わたしは「これは娘に当てはまる」と感じた場所に付箋を貼りました。
そして、付箋を貼った状態の本を、高1娘が読みました。
すると高1娘が「これ当たってるな、と思うと母ちゃんの付箋が貼ってあるんだよ!」
だよね、当たってるよね?
男子のASDよりも女子のASDのほうがわかりにくく、思春期になって対人関係の悩みからASDと診断される、という話でした。
わたしが図書館から借りてきた本は、5~10年ほど前に出版された本なので、多くはASDとは書いてなくて、アスペルガー症候群と書いてありました。
そうした幾冊もの本を読み、ある本の巻末のアスペルガー診断をしてみるとわたしは30点でした。
33点以上がアスペルガーという診断結果になります。
わたしは軽い口調で高1娘に、自分が30点だったことを告げました。
それから、気軽にできる診断だから「やってみたら」とすすめてみました。
しかし、高1娘は「やらなきゃいけないの?」と不愉快そうです。
いや、いやいやいや、自分からADHDではないか、といい出し、自分に発達障害があるのではないか、と疑ったわけなんだから、やらなきゃいけない、ではなくて、自分からすすんでやってみよう、にならないのかね?
40代母「べつに、やらなくていいけど」
わたしはよくわからないな、と感じたのですが、そういうわたしの感じ方もわたしにASDの傾向があるからではないか、と思ってしまう今日このごろです。
娘が「わたしADHDかもしれない」といったとき、フツウのハハオヤは「そんなことないよ、娘ちゃんは普通だよ」と答えるのか?
そっちが正解だったのか?
そっちが子供の心に寄りそった解答だったのか?
そんな考えが頭の中をぐるぐるとかけめぐるわけですが、そうした頭の中がぐるぐるしている状態も発達障害の特徴のひとつ。
みたいな。
そういう話があって、つまりわたしは、そうなのか?
という考えがこれまたぐるぐるしている、しょーもない連鎖が起こっています。
グルテンフリーのような食事制限のダイエットも、ASDの人には向いているよね、という話とか。
糖質制限が発達障害にいいよー、とか。
いろいろなことが発達障害につながっていきます。
まるでわたしが自分自身の発達障害に気がつくための流れができていたのかよ? というような。
わたしが図書館で借りてきた本はちょっと古いので、大人のASDを診断するのはむずかしい、という話だったのですが、いまは診断してくれる病院があるらしいのです。
そうか。
まー、それで自分がどうなるというものでもないのだよなー、という気持ちがありまして。
あきらかに自分がASDのグレーゾーンにいるのはわかりました。
気質的にそうです。
当たっています。
それから、自分の母親をASDと考えた場合に、死んだ兄もまたASDだったのではないか、と思えてきたのです。
なぜ、亡兄があんな言葉、あんな出来事にこだわったのか、わからなかったことがASDと仮定したら、わかるような気がしました。
亡兄がうまくできなかったこと。
そして、占い
そこで、なぜか占いなんですけど。
悩みを抱える人間が占いにはまる気持ち、わかります。
答えが欲しいのです。
なんで?
なんで、この子はこんななの?
そんな気持ちがあってな。
ちなみに、意外にも亡兄は占い好きだったっぽいです。
その亡兄が生前、わたしの娘の生年月日をたずねて、ケータイでなにか占ったらしく「めずらしいな。俺とおなじだ」といったんですね。
そのときは、さる年生まれだからかな、と思ったんです。
しかし、高1娘は立春前の生まれですから、ひつじ年になります。
その後、自分が占いにはまったとき、二人の命式(四柱推命)を見て気がつきました。
亡兄の「印綬」の多さと、高1娘の「印綬」の多さです。
「印綬」は「母親」を意味します。
「母親」の影響が多い、という見方があるのです。
亡兄が占いで見たのは、その点ではなかったか、と思いました。
亡兄は、なんだかんだいっても母親に認められたかったのではないか、と。
だから実家の近くに親子ローンで新居を建てた、ということなのか?
しかし、そこには母の思惑があって、亡兄はむしろ自分の意見を通せなかった、意志の弱さがあった等々、いまさらどうにもならないことを考えています。
わたしはすでに亡兄の年を超えました。
高1娘にダメ出しされる40代主婦
ぐったりしますし、うんざりしています。
そんなふうに感じるのもわたしがアスペルガーで他者の心の痛みがわからないからで、高1娘の心に寄りそえることができないからなんじゃねーの? と思えてきました。
高1娘がいうには、娘が感情をぶつけてくる際に、理性で返してくるのがつらいというのでした。
それはもう、攻撃である、と。
挙句の果てに、ドア越しにわたしの声が聞こえてくると、自分の悪口をいっているのではないかと思えてつらい、というのでした。
どんな被害妄想癖だよ、と思わんのでもないのですが、ほかの人の声はそう聞こえないそうです。
その点はよかったです。
ドア越しの他者の声が、すべて自分の悪口に聞こえてきたら生き地獄だもんな、わたしの声だけでよかったよ。
でもって、わたしの世間一般的な意見をいうときの、せいいっぱいのやさしさを込めたはげましはウソくさいそうです。
あきらかな猫なで声だそうです。
あ、そーですか。
なんかねー、こういう場面では、そういうことをいうべき? 母親として? みたいな、そういう言葉の選択がウソくさいんだって。
やはり、本音じゃなく、きれいごとをいっているからですか?
わたしには理解できない次元の、すてきなきれいごとだから?
そうかといって、わたしが感情的になって、高1娘とともに大興奮しちゃったらどーすんのよ、と思います。
なんですかね。
わたしの理解が足りない、ということですかね。
高1娘にいわせると、わたしには娘に対して過保護すぎるところとどうでもいいところがあるらしいです。
つまり、こだわるところと、まったくかまわないところがあるみたいです。
そんなの具体的にいってくれないと、わからないのだが。
具体的にいわないと通じないのもアスペルガーの特徴だそうです。
つまりわたしは、病院で診断されているわけではないけれど、すくなくともグレーゾーンに入っているのは確実だなァ、というくらいに自己理解が進んだ状態です。
そっかー。
やはりわたしも毒親パターンかー、とがっくりする気持ちがあります。
自分の母親のようにならぬつもりがなっていたパターンです。
ここでわたしが取りたい行動は、家を出るコース。
でもそれはできません。
わたしは、娘と向き合うしかない苦痛。
高1娘もまた苦痛を感じているのだと感じる苦痛。
おたがいに血を流しながら向きあっているイメージです。
それでも高1娘はわたしと対話をしようとしているのですから、わたしと実母の関係とはちがいます。
そこに活路、救いがあるのでしょうか。
あるいは泥沼ですか?
わたしは娘の求めるような母親にはなれないでしょう。
そうした母親が幻想であることを、知っています。
いや、どこかにそんな夢みたいな母親が存在するのかもしれませんけど。
しかし、申しわけないが、高1娘の目の前にいるのはこの40代母なのです。スマンネ
そして、またしばらく表面上は平穏な日々がつづき、また娘が感情を爆発させる、繰り返しですか?
そんなことをぐるぐるぐだぐだ考えております。
ではまたー。
(という記事を書いて、さすがにどんよりしてアップする気になれなくて、しばらくブログを更新しなかったみたいですね。ヒャッホゥ)